
医療の財源は誰が負担するのか?負担の話を抜きに医療は語れない
戦後、国外に展開していた旧日本軍兵士が大量に帰国し家庭に戻った。また、旧日本帝国の植民地から大量の邦人が引き上げた。日本に平和が訪れ、戦後の経済成長が始まりその初期、今に続く日本の基本問題「団塊の世代」が誕生した。「ベビーブーム」である。
本書は、「小泉医療改革」始動の背景を分析し、小泉と小泉以降の政権の医療政策の分析を、やや「小泉医療改革」に寄り添う立場から分析批評である。
ここまで書くと、反小泉医療改革の側に立つと考える側は、本書を拒否するであろうが内容的には、それなりの背景分析と成っている。
本書の内容では、第3章「医療費負担の世代間対立―後期高齢者医療制度」では、高齢社会の現状で陥りやすい世代間対立の構図の絵解きをする。
第4章「メタボリック狂想曲」では、打ち出された「メタボ」の笑える現実、笑えぬ現実を描き出し、医療リテラシー不在が浮かび上がる。
第5章「「善意の医療」が消える!?―レセプト並み領収書がもたらすもの」では、医療者側の現在までの努力と「善意」が、存在しえなくなる制度の欠陥を突いている。
更に第6章「健康監視社会の到来―レセプトのオンライン化の意味」では、レセプトのオンライン化の強制に反対する人々との多くの共通の視点が提出される。
以上の分析の上で、結論部分が、第7章「保険は国や会社に頼るな!―社会保障カードと個人勘定」となるのであるが、第7章には大きな飛躍があり、それ以前の章の論点の積み重ねの流...